「今の仕事を一生続けるイメージが湧かない」
「もっと自分らしく働ける場所があるんじゃないか」
ふと、そんな思いが頭をよぎることはありませんか? でも、同時にこうも思うはずです。
「せっかくここまで積み上げてきたのに、もったいない」
「新しい道で失敗したら、もう後戻りできない」
「周りになんて言われるだろう…」
その葛藤、痛いほど分かります。 なぜなら、私自身もかつては、「大手企業の営業職」という、安定したレールの上を歩きながら、毎日その問いと戦っていたからです。
こんにちは。このブログを運営している酒井です。
私は今、Microsoft 365の専門家として会社を経営していますが、ほんの数年前までは、IT知識ゼロの営業マンでした。
当時の私は、「このレールを降りたら、人生が終わる」と本気で信じていました。 しかし、勇気を出して「違う道」を選んだ今、心から言えることがあります。
「レールを降りることは、脱線することじゃない。新しいレールを、自分で敷き始めることなんだ」
この記事では、私がなぜ安定した営業職を捨て、未経験のエンジニアという「違う道」を選んだのか。 その決断に至るまでのリアルな心の動きと、その選択が私の人生に何をもたらしたのかについて、ありのままをお話しします。
もしあなたが今、人生の分岐点で立ち止まっているなら。 この物語が、あなたの背中をそっと押すきっかけになれば嬉しいです。
私がいた場所:「安定」という名の、金色の鳥かご
新卒で入社したのは、誰もが知る大手通信会社でした。 給料は悪くない。残業もそこそこ。福利厚生は手厚い。 周りからは「いい会社に入ったね」「将来安泰だね」と言われました。
客観的に見れば、何一つ不満のない環境だったはずです。 しかし、私の心の中には、常にモヤモヤとした「違和感」が巣食っていました。
違和感の正体①:借り物の自分
営業として、それなりに成果は出していました。新人賞をいただいたこともあります。 でも、ふと気づいてしまったんです。 「私が売れているのは、私の実力じゃない。会社の看板のおかげだ」と。
名刺から会社名を隠したら、私という人間に、一体どれだけの価値があるんだろう? そう自問した時、何も答えられない自分がいました。 私は、会社という巨大な船に乗せてもらっているだけの、無力な乗客に過ぎなかったのです。
違和感の正体②:終わらないラットレース
営業の仕事は、数字が全てです。 今期の目標を達成して喜んでも、翌日からはまたゼロからのスタート。 「来期はもっと高い目標を」と言われ、ひたすら数字を追いかけ続ける。
ある日、先輩社員と営業先に向かう途中、ふと巨大なオフィスビルを見上げて思いました。 「3年後も、5年後も、10年後も、私はここで同じようにビルを見上げているんだろうか?」
その未来を想像した時、ワクワクするどころか、背筋が凍るような恐怖を感じました。 「同じ場所をぐるぐる回っているだけで、どこにも進んでいないんじゃないか?」 そんな、人生の停滞感に押しつぶされそうだったのです。
決断のトリガー:「ないね」という一言と、未来の年表
そんな私の背中を押したのは、ある日の先輩の一言と、一冊のノートでした。
先輩の「ないね」
その日も、私は先輩と営業先のオフィスに訪問していました。 ふと、心の声が漏れてしまいました。 「このまま営業を続けていて、未来ってあるんですかね?」
先輩はポツリと言いました。 「…ないね」
その諦めきったような、でも妙にスッキリとした一言が、私の心に突き刺さりました。 「ああ、やっぱりそうなんだ。このレールの上に、私の望む未来はないんだ」 そう確信した瞬間でした。
未来の年表が突きつけた「現実」
家に帰り、私は大きなノートを広げました。 そして、「30歳までにこうなりたい」という理想を、恥ずかしげもなく書き出しました。
「年収800万」「場所にとらわれない働き方」「自分のスキルで勝負する」
書き出した文字と、当時の自分(年収300万、会社依存、毎日出社)を見比べた時、絶望的なギャップに愕然としました。 「今の延長線上には、絶対にこの未来はない」
このまま現状維持を選ぶことは、「未来の自分を殺すこと」と同義だ。 そう気づいた時、「失敗するかもしれない恐怖」よりも、「後悔する恐怖」の方が上回りました。
選んだ道:「エンジニア」という未知の世界
私が選んだのは、「エンジニア」という道でした。 なぜなら、それが私にとって、最も「個人の力(スキル)」で勝負できる世界に見えたからです。
しかし、その道は決して平坦ではありませんでした。
- 「プログラミング」の壁:
最初に挑戦したプログラミング学習では、見事に挫折しました。50万円のスクール代に尻込みし、独学で挑むも、「Hello World」の先にある世界が全く理解できず、参考書を壁に投げつけました。 「やっぱり、文系の自分には無理だったのか…」 - 「異動」という賭け:
それでも諦めきれず、私は会社の「社内公募制度」を使って、未経験可の「M365エンジニア」というポジションに応募しました。 慣れ親しんだ営業部を離れ、知り合いのいない技術部へ。それは、私にとって「サバンナの真ん中に放り出されたうさぎ」のような心境でした。
「違う道」の先に見えた景色
異動してからの3年間は、正直、営業時代よりも過酷でした。 知識ゼロからのスタート。周りはプロのエンジニアばかり。 毎日必死で勉強し、分からないことは恥を忍んで聞きまくりました。
しかし、不思議と「辞めたい」とは思いませんでした。 なぜなら、「自分の足で歩いている」という確かな実感があったからです。
- 昨日できなかった設定が、今日はできるようになった。
- お客様の課題を、自分の知識と提案で解決できた。
- 「酒井さんのおかげで助かったよ」と、個人名で感謝された。
営業時代に感じていた「虚しさ」は消え、代わりに「手応え」が積み上がっていきました。
そして、その道を歩み続けた結果。 私はフリーランスとして独立し、会社員時代の年収の3倍を稼げるようになりました。 ノートに書いた「年収800万」も、「自由な働き方」も、すべて現実のものとなりました。
結論:レールを降りることは、怖くない
今、振り返って思うこと。 それは、「あの時、違う道を選んで本当によかった」ということです。
もし、あのまま「安定」にしがみついていたら。 私は今頃、居酒屋で上司の愚痴を言いながら、「俺だって、本当はもっとやれたんだ」と、やり場のない後悔を抱えていたでしょう。
「違う道」を選ぶことは、怖いです。 リスクもあります。失敗するかもしれません。
でも、「自分で選んだ道」を歩く人生は、何よりも楽しいです。 失敗さえも、「自分の物語」の一部になります。
もしあなたが今、分岐点に立っているなら。 どうか、「世間の正解」ではなく、「あなたの心の声」に従って、道を選んでください。
あなたが選んだその道こそが、あなただけの「正解」になるはずです。
